近年「信託」という仕組みが注目を集めています。金融機関でも「信託」という名前のついた商品を目にする機会が多くなってきました。
では、その中の一つである「遺言代用信託」とはどのようなものかご存じでしょうか?
遺言代用信託とは、信託銀行等に財産を信託することで、生きている間は本人のために管理・運用してもらい、亡くなった後は本人が指定した家族に財産を引き継ぐことができる仕組みです。
場合によっては、遺言書よりも遺言代用信託を利用したほうが、相続時のトラブルを防げる可能性もあります。
今回の記事では、遺言代用信託の基本的な仕組みやメリット、デメリットなどについて解説します。
遺言や遺言信託など他の制度と遺言代用信託との違いも解説していますので、ぜひ参考になさってください。

姉川 智子
(あねがわ さとこ)
司法書士
2009年、司法書士試験合格。都内の弁護士事務所内で弁護士と共同して不動産登記・商業登記・成年後見業務等の幅広い分野に取り組む。2022年4月より独立開業。
知識と技術の提供だけでなく、依頼者に安心を与えられる司法サービスを提供できることを目標に、日々業務に邁進中。一男一女の母。
信託を理解する上で押さえておきたい用語
遺言代用信託の説明に移る前に、そもそも「信託」とはどのような仕組みなのかを見ていきましょう。
信託を理解するためには、まず信託の登場人物である「委託者」「受託者」「受益者」それぞれの役割を把握することが大切です。
- 委託者:財産を預ける人
- 受託者:財産を預かり、委託者が決めた目的に沿って財産を管理・運用する人
- 受益者:預かった財産により利益を得る人・受け取る人
これらを踏まえて、信託の仕組みを図で表すと次のようになります。

まず委託者は、信頼のできる人を受託者として、自分の大切な財産を託します。
そして受託者は、託された財産を管理・運用し、そこから生まれた利益を受益者(兼委託者)に渡します。
このとき受託者は、委託者があらかじめ設定した目的に従って管理を行うことになるため、信託により委託者の望むとおりの柔軟な財産管理を実現できるのです。
遺言代用信託とは?
信託の仕組みを理解したところで、次は遺言代用信託がどういうものかについて見ていきましょう。
遺言代用信託とは、本人が自身の財産を銀行や信託銀行に信託することで、本人が亡くなったあとに、金融機関から配偶者や子どもに財産が払い出される契約です。
通常、亡くなった人(被相続人)が遺言を残していない場合、財産を相続する人(相続人)同士で遺産分割協議をして遺産の分け方を決めます。
しかし遺言代用信託で信託された財産は、信託財産になるため、遺産分割協議の対象とはなりません。
そのため、遺言代用信託をした金銭については遺言を作成した場合と同様、被相続人が望むような形で、あらかじめ指定した特定の人に確実に遺産を引き継ぐことが可能です。
遺言第要信託を利用することで、遺言の準備や、遺産分割協議の手続きをせずに、葬儀費用や遺された家族のための生活費といった「すぐに必要なお金」をスムーズに引き継ぐことができます。
遺言代用信託の仕組み
前述した信託の仕組みをもとに考えると、遺言代用信託では通常、被相続人を委託者兼第一受益者、被相続人が亡くなった際に信託した財産を受け取る相続人を第二受益者として、受託者となる金融機関に財産を信託します。

これにより委託者である本人が生存している間は、ご自身のために財産を管理・運用してもらい、亡くなった際は金融機関から、あらかじめ指定した相続人に財産を引き継ぐことができるのです。
また委託者は、信託された財産の受け取り開始時期や受け取り方法、受け取り額も個々の事情に合わせて定めておくことができます。
商品によって異なりますが、一時金形式で受け取る方法や年金形式で月々定額給付してもらう方法など、契約時に委託者自身で決めることが可能です。
遺言代用信託とそのほかの方法との違いとは?
指定した人に財産を引き継ぐ方法は、遺言代用信託の他にも、遺言や遺言信託、生命保険などがあります。
これらと遺言代用信託の違いについて確認していきましょう。
遺言代用信託と遺言の違い

遺言とは、財産を所有する本人が、自分の死後に財産をどのように承継するのかの最終意思を書き残した文書です。
本人が単独で作成するもので、亡くなるまでの間、何度でも更新することが可能です。
しかし遺言は、遺言の種類(※)に応じて書き方や保管方法などに厳格な決まりがあり、決まりが守られていないと無効になる可能性があります。また亡くなったあとに、遺言書が発見されないというケースも珍しくありません。
一方の遺言代用信託は、信託銀行や信託会社などの金融機関と結ぶ契約です。遺言と違い、契約を結んだあとに、財産を信託する委託者の意思だけで契約内容を変更するといったことはできません。
また遺言代用信託の場合、委託者が亡くなったあとは、契約時に決めた通りに受益者へ財産が引き継がれるため、委託者や受益者の意思に反して他の相続人に信託した財産が承継されるような心配はありません。
※ 遺言には「自筆証書遺言」「秘密証書遺言」「公正証書遺言」の3種類があります。
遺言代用信託と遺言信託との違い
遺言代用信託と遺言信託は、名称がよく似ていますが内容はまったく異なります。
まず遺言信託とは、遺言の作成や遺言の保管、遺言の執行を金融機関が代行してくれるサービスです。
金融機関が遺言執行者として、不動産の名義変更や金融資産の解約、貸金庫の開閉などを単独で行ってくれます。
契約を結んだ銀行や信託銀行が倒産しない限り、遺言に記載された内容を確実に執行してくれるため安心感があるでしょう。
対して遺言代用信託は、前に述べた通り金融機関が受託者として信託財産を管理するサービスです。
契約締結時に自分が亡くなったあとの財産の承継先を定められるなど「遺言と同様の機能」も持たせることができるため、遺言代用信託の対象とされた財産については、遺言を作成する必要はありません。
また遺言信託は、100万円以上の手数料がかかる場合が多いですが、遺言代用信託の場合、金融機関により異なるものの信託を設定したときの手数料が無料であり、遺言信託よりも費用が少ない傾向にあります。
遺言信託 | 遺言代用信託 | |
サービスの内容 | 遺言の作成や遺言の補完、遺言の一行を代行するサービス | 信託された財産を管理・払い出しするサービス |
作成 | 遺言の必要 | 不要 |
手数料 | 30万円〜100万円程度の費用が発生する | 費用が発生するのは信託契約締結時のみで、 申し込み時の手数料は発生しないケースが多数 |

遺言代用信託のメリット

では、実際に遺言代用信託を利用すると、どのようなメリットが得られるのでしょうか?
ここでは、遺言代用信託のメリットとして以下の3点解説します。
- 被相続人の死後、すぐにお金を引き出せる
- 孫の代まで相続内容を決められる
- 少しずつ遺産を受け取ることができる
一つずつ順に見ていきましょう。
1.被相続人の死後、すぐにお金を引き出せる

遺言代用信託は、財産を残す人(被相続人)が亡くなった場合、受益者が簡単な手続きをするだけで金融機関に信託されている財産を引き出せます。
通常、亡くなった人の財産は、たとえ配偶者や子どもであっても相続の手続きが終わるまで手が付けられません。特に預貯金の場合、口座の所有者が亡くなると凍結されてしまいます。
そんな中2019年7月からは、相続によって口座が凍結されてしまっても一定額までは引き出せるようになりましたが、引き出せる額には上限があるだけでなく、金融機関によっては申請をしてから指定の口座に振り込まれるまで2週間ほどかかるなど不便な点があります。
しかし遺言代用信託であれば、所定の手続きをすれば遺産分割協議が終わるまで待つことなく、信託された財産を受け取ることができるのです。
あらかじめ指定した相手にスムーズに財産を引き継ぐことができる点は、遺言代用信託の大きなメリットです。
2.孫の代まで相続内容を決められる

遺言代用信託は、ご自身の子どもの世代だけでなく、孫の世代やひ孫の世代の遺産配分まで指定することができます。
遺言の場合だと、指定できるのは基本的に子どもの代までの遺産配分です。
財産を相続した子どもが亡くなったあとの遺産配分は、遺言では指定することができないため、孫の代まで相続内容を指定したい場合は、財産を相続した子どもが遺言を書く必要があります。
しかし、子どもが親の希望する内容の遺言を書くという保障はありません。仮に子どもに書いてもらったとしても、自分が亡くなったあとに遺言の内容を改ざんされてしまうことも考えられます。
そのため、大切な財産を孫やひ孫の代まで受け継いでいきたいのであれば、世代を越えて財産の渡し方を指定することのできる遺言代用信託を活用すると良いでしょう。
遺言書では指定することのできない「二次相続」以降の財産の承継先を指定できます。
3.少しずつ遺産を受け取ることができる

遺言代用信託で金融機関に信託した財産は、まとめて受け取る「一時金型」と、一定期間にわたって少しずつ受け取る「年金型」を選択することができます。
年金型の場合「毎月1回」「3か月ごとに1回」といった形で、財産を受け取る頻度と一回に受け取れる金額を指定できます。
また、委託者が自分自身を財産の受取人(受益者)に設定し、生前に決まったタイミングで一定金額を受け取り、委託者の死後は新たな受益者に残額を引き渡すようにすることも可能です。
ご自身が亡くなったあとの家族のライフスタイルや資金の使いみちに応じて、柔軟に受取方法を決めることができます。
遺言代用信託のデメリット
遺言代用信託は大切な資産にまつわる契約であるため、メリットと同時にデメリットについてもよく理解しておく必要があります。
ここでは、遺言代用信託を利用する際のデメリットについて以下の2点解説します。
- 信託できる財産の種類が限られている
- 原則として中途解約できない
1.信託できる財産の種類が限られている
遺言代用信託で信託できる財産は、原則として金銭のみです。株式や債券などの有価証券、建物や土地などの不動産は、信託できません。
そのため、金銭以外の財産については遺言代用信託以外の方法で対策を講じておく必要があります。
また、信託できる金額には上限と下限が設けられています。
金融機関にもよりますが、一般的に上限は3,000万円、下限は100万〜200万円程度です。年金型と一時金型で異なる下限と上限を設定する金融機関もあります 。
金融機関によっては信託できる財産に「保有する金融資産の1/3まで」のような制限が設けられているため、契約時によく確認しておくようにしましょう。
2.原則として中途解約できない
遺言代用信託は、信託期間の途中で解約することができません。
やむを得ない事情で信託期間中に全部を解約する場合、元本と収益金の合計額から解約手数料が差し引かれてしまいます。
多くの場合、信託期間は5〜30年のあいだに設定しますが、遺言代用信託を契約するときは、今後のライフプランをもとに慎重に信託期間を設定するようにしましょう。
遺留分を侵害する契約はできない?
「遺留分」とは、法律上で保障された、遺言によっても奪うことのできない相続分の最低割合のことですが、遺言代用信託を契約する際、相続人の遺留分を侵害してしまうことのないよう注意して財産の分け方を決める必要があります。
もし遺留分を超えてしまうと、相続財産を受け取れなかった相続人から、遺留分侵害額請求(遺留分を侵害された相続人が、侵害した人に対して清算金を請求すること)をされ、トラブルになる可能性があるからです。
遺留分を侵害するような遺言代用信託の設定は、基本的には金融機関が受け付けない取り扱いが多いですが、契約時はその点を十分に考慮したうえで契約内容を決定するようにしましょう。
なお、遺留分が認められているのは亡くなった人の配偶者や子ども、孫、両親などであり、兄弟姉妹には、遺留分を主張する権利がありません。
遺言代用信託の活用例

遺言代用信託では、利用する目的に合わせて財産の受取方法を選択することが大切です。
例えば、葬儀費用や相続税の納税資金など、まとまった支払いに必要なお金を準備したい場合は「一時金型」を選ぶと良いでしょう。
葬儀費用や相続税の納税資金をあらかじめ試算したうえで受取額を設定すると、残された家族の資産を減らさずに済みます。
また「年金型」は、残された家族の生活費や教育費などを準備したい方におすすめです。
遺産を使い込んでしまわないか心配といった方も、あらかじめ決まったタイミングで一定額ずつ指定口座に振り込まれる年金型を選択すれば、使いすぎを防ぐことができるでしょう。
退職金をはじめとしたまとまった資金を管理したい場合は、自分自身を受益者にするのも一つの方法です。
自分自身を受益者にして定額の資金を計画的に受け取れるようにすると、無駄遣いを防ぎ老後の生活費や老人ホームの入居費などの支払いに充てられるようになります。
遺言代用信託を扱っている銀行は?
遺言代用信託を始めるためには、金融機関と契約を結ばなければなりません。
遺言代用信託を取り扱う主要な銀行の例は、以下の通りです。
- みずほ信託銀行
- 三井住友信託銀行
- 三菱UFJ信託銀行
- りそな銀行 など
近年、地方銀行などでの取り扱いも増加しているため、利用を検討している方はご自身のお近くの銀行でも遺言代用信託の取扱いがあるか確認してみることをおすすめします。
生前にしっかりとした対策を

いかがでしたでしょうか?
今回の記事では、遺言代用信託の仕組みやメリット・デメリットについて掘り下げてみました。
相続人同士が揉めてしまう”争族”となるのを防ぐためには、財産を残す人が健在であるうちに、遺言の作成や遺言代用信託の契約などの相続対策をすることが大切です。
遺言代用信託では、ご自身が亡くなったあとに、あらかじめ指定した人へスムーズに財産を引き継ぐことができます。
しかし、信託できる財産の金額や種類に制限があるため、遺言代用信託だけでは充分な相続対策ができないかもしれません。
生前にできる相続対策として、ご自身の資産を信頼する家族に管理してもらう「家族信託」があります。
家族信託であれば、金融機関ではなく家族を受託者としてご自身の希望に沿った財産管理を行うことができます。また、金銭以外の不動産や有価証券といった財産も信託することが可能です。

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