相続が発生すると、被相続人が所有していた預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、住宅ローンや借金といったマイナスの財産も、全て相続人に引き継がれます。
そのため、亡くなった親に多額の借金があるような場合には、「相続したくない…」と感じられる方も多いのではないでしょうか?
このような場合の対応策の一つに「相続放棄」があります。
相続放棄をすると、最初から相続人ではなかったものと見なされるため、被相続人の財産を引き継ぐ必要がなくなるのです。
一見便利に見えるこの相続放棄、メリットがある一方で様々なリスクも伴うため、利用を検討する際には、「相続放棄がどのようなものか」をよく理解しておく必要があります。
そこで今回の記事では、相続放棄の基本的な概要から、相続放棄を選択すべきケース、実際の手続きの流れや注意点などについて詳しく解説します。
「自分のケースは相続放棄をすべきなのか」と悩んでいる方は、ぜひ参考にしてみてください!

姉川 智子
(あねがわ さとこ)
司法書士
2009年、司法書士試験合格。都内の弁護士事務所内で弁護士と共同して不動産登記・商業登記・成年後見業務等の幅広い分野に取り組む。2022年4月より独立開業。
知識と技術の提供だけでなく、依頼者に安心を与えられる司法サービスを提供できることを目標に、日々業務に邁進中。一男一女の母。
相続放棄とは
まずは、相続放棄の概要から確認していきましょう。
相続放棄とは、被相続人(亡くなった人)の財産に対する相続権の一切を放棄することです。
民法では、相続放棄について以下のように定められています。
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす
民法 第939条
つまり、相続放棄をした人は「その相続において最初から存在しなかった」という扱いになるため、被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も、すべて相続しないことになるのです。
財産の分け方を決めるために相続人同士で行われる遺産分割協議にも、もちろん参加する必要はありません。
相続放棄を選択した方が良いケース
では、相続放棄を選択した方が良いケースとは具体的にどのような場合なのでしょうか?
主なケースとして、以下の4つが考えられます。
- 明らかに債務超過である場合
- 相続争いに巻き込まれたくない場合
- 被相続人が保証人となっていた場合
- 被相続人の財産を特定の人に相続させたい場合
一つずつ順に見ていきましょう。
① 明らかに債務超過である場合
被相続人が多額の借金をしていたなど、明らかに負債が多い場合は相続放棄を検討すべきでしょう。
冒頭でもお伝えしたとおり、相続が発生すると、相続人は被相続人が所有していたプラスの財産(資産)だけでなくマイナスの財産(負債・債務)も引き継ぐことになります。
ここで、マイナスの財産が少額であればプラスの財産から返済することができますが、マイナスの財産がプラスの財産から返済することができない程に多い場合は、相続人が代わりに返済義務を負うことになるのです。
マイナスの財産の金額によっては、相続人の生活を維持することが難しくなる恐れもあるため、被相続人の財産を調べた結果、明らかに債務超過である場合には、相続放棄を選択することをおすすめします。
- 被相続人が生活保護を受けていた場合
- クレジットカード会社や消費者金融に借入をしていた場合
- 税金を滞納していた場合
- 入院等をしていて治療費を滞納していた場合
② 相続争いに巻き込まれたくない場合
相続争いに巻き込まれたくないような場合も、相続放棄は有効な手段となり得ます。
相続において、財産の分け方を巡って親族同士で争いが起こることは決して珍しいことではありません。
特に、相続人同士で仲が悪かったり疎遠であったりすると、遺産分割協議で揉め合いになり、相続トラブルに発展する可能性が高くなります。
遺産がそれほど多くない場合、「自分は何もいらないから話し合いに参加しなくてもいいや」などと考える方がいるかもしれませんが、遺産分割協議は必ず相続人全員で行わなければならないため、何もしなければ自動的に争いに巻き込まることになるのです。
そのため、相続争いが発生する可能性があり「親族同士の揉め事に関与したくない」と強く望んでいる方は、相続放棄を検討すると良いでしょう。
被相続人が保証人となっていた場合
被相続人が第三者の債務の連帯保証人になっているような場合も、相続放棄が有効な対処法となります。
連帯保証人とは、ある人が借金の滞納といった債務不履行を起こした場合に、代わりに債務を弁済する義務(連帯保証債務)を負う人のことです。
連帯保証債務は、主たる債務者がきちんと債務を支払いさえすれば、連帯保証人に対して請求が行われることはありませんが、もし債務者が返済しない場合、相続人が請求を受けるリスクを負うことになります。
しかし、相続放棄をすれば、連帯保証人としての責任を免れることができるため、主債務者の支払い能力が低そうな場合や残債務の額が大きい場合には、相続放棄の選択を視野に入れると良いでしょう。
被相続人の財産を特定の相続人に承継させたい場合

被相続人が事業を営んでいた場合において、特定の相続人に集中させて財産を承継したいといったケースでも、相続放棄が有用な手段となるかもしれません。
例として、複数の相続人が事業に関わる財産を相続したとすると、意思決定をスムーズに行うことが困難になるなど、事業に支障をきたす恐れがあります。
そこで、被相続人の事業を承継する一人に財産を承継するために、他の相続人が相続を放棄すると、上記のような事態に備えられるかもしれないのです。
別の方法として、遺産分割協議の中で全財産を当該相続人に相続させる旨の遺産分割協議を行うということも考えられますが、相続人の債権者が相続持分を差し押さえてくるといった事態に陥るリスクも拭えません。
そのため、確実に相続割合に対する権利を喪失させることを望むのであれば、相続放棄を行うことが適切だといえるでしょう。
相続放棄を選択すべきでないケースもある
相続放棄を選択した方が良いケースがあるのと同様に、相続放棄を選択すべきでないケースもあります。
それは、相続人のプラスの財産とマイナスの財産のバランスが不透明で、どちらが多いのかを比較しにくいようなケースです。
明らかに負債が多いと判断しにくい場面で相続放棄を選択した結果、資産の方が多いことが発覚し、相続人が損をしてしまうことも考えられるからです。
このような場合は「限定承認」という方法を選択した方が良いでしょう。
限定承認とは
限定承認とは、相続によって得たプラスの財産の限度額として、被相続人の債務などのマイナスの財産を相続することです。
仮に被相続人のプラスの財産が500万円でマイナスの財産(借金)が1,000万円であった場合、限定承認を選択すると、プラスの財産と同額の500万円のみの返済で済むことになります。
つまり、限定承認を行うことによって、相続した財産以上の借金を弁済する必要がなくなるのです。
ある程度の返済が発生したとしても、自宅などの不動産を相続したいといったケースのほか、被相続人の財産がプラスになるかマイナスになるか不透明なケースでは、限定承認の選択も検討しましょう。
相続放棄ができる期限は3カ月
相続放棄には、相続放棄を選択できる期限(熟慮期限)が「相続の開始を知ったときから3カ月」と定められています。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない
民法 第915条
相続放棄を行う場合、この期限内に家庭裁判所に対して申述を行わなければなりません(後述)。
もし3カ月を過ぎてしまうと、「単純承認」といって、プラスの財産もマイナスの財産も全て相続することを受け入れたと見なされてしまうため、相続放棄を検討している方は、早めに手続きに取り掛かりましょう。
なお、相続財産の調査が十分にできていないなどの理由で、3カ月以内に相続放棄をするかどうかを決められない場合には、「期間伸長の申立て」を行うことが可能です。
個別のケースによって異なりますが、期間伸長の申立てによって延長できる期間は、一般的に1カ月〜3カ月程度だといわれています。
ただし、この申立て手続きも、熟慮期間である3カ月以内に行わなければ認められないため、注意が必要です。
相続放棄の手続きの流れ

ここからは、相続放棄を行う場合の手続きの流れについてご紹介します。
相続放棄の手続きの主な流れは以下のとおりです。
一つずつ確認していきましょう。
① 相続財産を調査する
相続放棄をすべきか否か判断するために、まず行うべきことが相続財産の調査です。
不動産や預貯金,有価証券などわかりやすい資産だけでなく、誰かにお金を貸しているといった借金や未払い金等の負債まで調べなくてはなりません。
十分な調査をしないまま相続をした結果、後になって莫大な負債が見つかるというケースも考えられるからです。
相続財産の調査自体は、相続放棄の手続きにおいて必須というわけではありませんが、上述のような事態を未然に防ぐためにも、慎重にすることをおすすめします。
プラスの財産、マイナスの財産、それぞれの調べ方の一例は以下のとおりです。
プラスの財産 | マイナスの財産 |
---|---|
預貯金:残高証明書で確認 不動産:固定資産評価証明書で確認 株式:取引残高証明書 | 消費者金融からの借り入れ:JICC(日本信用情報機構) クレジット会社からの借り入れ:CIC(株式会社シー・アイ・シー) 銀行に対する借り入れ:KSC(全国銀行個人情報センター) |
なお、被相続人がどのような財産を所有していたか把握することが困難な場合には、弁護士をはじめとした専門家へ調査を依頼することも一つの手です。
② 申述先の管轄家庭裁判所を確認する
相続財産を調査したら、次に申述先となる家庭裁判所を確認しましょう。
相続放棄を申述する管轄裁判所は、被相続人の最後の住所地(死亡したときの住所)を管轄する家庭裁判所です。
以下のホームページより確認できます。
③ 必要書類を準備する

申述先を確認したら、必要書類を準備します。
相続放棄に必要な書類は、申述人(相続放棄をする人)が被相続人とどのような関係であったかによって異なるため注意が必要です。
まず、すべての場合に共通して必要となる書類は以下のとおりです。
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人の戸籍謄本
上記にプラスして必要な、申述人によって異なる書類は以下のとおりです。
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 申立人が孫の場合、本来の相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子で死亡者がいれば、その子の出生時から死亡時までの戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属に死亡者がいれば、その者の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子で死亡者がいれば、その子供の出生時から死亡時までの戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
- 申述人が甥姪の場合、本来の相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
④ 相続放棄申述書を作成する
相続放棄に必要な書類が集まったら、相続放棄申述書を作成しましょう。
相続放棄申述書の用紙は裁判所のサイトでダウンロードすることも、直接裁判所へ出向いて用紙を受け取ることも可能です。
上記からもわかるとおり、相続放棄申述書は成人の場合と未成年者の場合とで様式が異なるので気を付けましょう。
また、相続放棄申述書の書き方(記載例)についても、裁判所のHPで確認できるため、書き方がわからなくて困っている方は、家庭裁判所のHP内で確認できる記載例を参考にすることをおすすめします。
⑤ 家庭裁判所へ申述書を提出する
相続放棄申述書を作成したら、②で確認した家庭裁判所に対して、必要書類と一緒に申述書を提出します。
このとき、書類のほかに収入印紙や郵便切手なども必要となります。
家庭裁判所のHPで確認できるため、事前に調べておくと良いでしょう。
なお、提出方法は以下の2通りから選択することが可能です。
- 家庭裁判所の窓口に直接出向き提出する
- 郵送で提出する
⑥ 家庭裁判所からの送付される照会書に回答する
申述書と必要書類を提出すると、数日〜約2週間の間に、家庭裁判所から「照会書」が送付されることがあります。
これは、申述した相続放棄の内容について、家庭裁判所が申述人の意思を確認するためのものです。
一般的には以下のような事項を質問されます。
- 相続の開始があったことを知った日はいつか
- 相続放棄の理由は何か
- 申立ては自身で行ったか
- 相続放棄は自分の意思か など
照会書と一緒に回答書が同封されているため、申述書の内容と矛盾のないよう回答し、署名捺印したうえで返送しましょう。
ここできちんと回答しないと、相続放棄自体却下されてしまう可能性があるため、注意が必要です。
⑦ 相続放棄申述受理通知書が交付される
回答書を返送し、特に問題がなければ「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。
この書類の到着をもって、相続放棄の手続きは終了です。
この通知書は、相続放棄の申述が受理されたことを公的に証明する重要な書類となるため、大切に保管しておきましょう。
相続放棄の手続きにかかる費用
相続放棄の手続きには、一般的に相続人1人あたり約3,000円〜約5,000円程度の費用がかかります。
費用の内訳は主に以下の通りです。
内容 | 費用 |
---|---|
相続放棄の申述書に添付する収入印紙代 | 800円(申述人1人) |
連絡用の郵便切手代 | 500円程度(家庭裁判所によって変動) |
被相続人の戸籍謄本 | 750円 |
申述人の戸籍謄本 | 450円 |
被相続人の住民票 | 300円(市区町村によって変動) |
なお、上記は自身で手続きを行った場合の目安費用であり、弁護士や司法書士などの専門家に依頼した場合は、約3万円〜5万円程度かかります。
自身で問題なく手続きを行える場合は、相続放棄の内容が複雑であるケースや、相続人・債権者とのトラブルを抱えているようなケースでは、確実に手続きをしてもらえる専門家に相談することがおすすめです。
相続放棄を行う際に知っておくべき注意点
最後に、相続放棄を検討するうえで事前に知っておくべき注意点を紹介します。
主な注意点は以下の通りです。
- 相続放棄が受理されたあとは撤回できない
- 生前に相続放棄はできない
- 次順位の相続人に迷惑がかかる
一つずつ順に見ていきましょう。
相続放棄が受理されたあとは撤回できない
相続放棄の申立てをして、それが受理された後は、原則として撤回することができません。
たとえ熟慮期間である3カ月以内であっても、一度行った相続放棄を取り消しすることは不可能です。
これは、相続放棄の申述が受理された後の撤回を認めてしまうと、他の相続人や利害関係者に不測の損害を与えてしまう可能性があるからだと考えられています。
ただし、以下のように例外的な事由がある場合には、申述が受理された後であっても撤回や取消しが認められる場合があります。
- 詐欺または強迫がなされた場合
- 未成年者が法定代理人の同意を得ずに相続放棄をした場合
- 成年後見人が自分で相続放棄した場合
- 被保佐人が保佐人の同意を得ずに相続放棄をした場合
相続放棄の撤回、取り立ての申立ては裁判所に対して行う必要があり、申立期間も「追認できるときから6カ月以内」「相続放棄から10年以内」と定められているので注意しましょう。
いずれにしても、相続放棄は「後から高額な財産があることが分かったから取り消したい」といった理由で取り消すことはできないため、慎重に財産を調査したうえで利用を検討することが大切です。
生前に相続放棄はできない
被相続人の生前に、前もって相続放棄をすることはできません。
相続放棄は家庭裁判所に申述することで初めて成立しますが、家庭裁判所が生前の相続放棄を受け付けていないからです。
そのため、相続人の中でも、特定の人には相続をさせたくないという場合は、遺言書を作成するなどの対策を講じると良いでしょう。
ただし、遺言書だけでは、一定の相続人に最低限保証された相続割合である遺留分に相当する部分まで放棄することはできないため、すべての財産を相続させたくない場合には、遺言書の作成と併せて遺留分の放棄をしてもらう必要があります。
次順位の相続人に迷惑がかかる可能性がある
相続放棄の申立てが受理されると、相続権は次順位相続人に移ります。
しかし、家庭裁判所から次順位の相続人に対して相続放棄をした旨の通知はへは届きません。
仮に被相続人に借金がある場合、債権者からの督促状などをきっかけに、突如自身が相続人になったことを知るといったトラブルに発展するケースもあるのです。
そのため、相続放棄を検討している人は、このようなトラブルを未然に防ぐために、次順位に相続人がいる場合、自身の相続権が移ることや、被相続人の資産・負債の状況などを事前に通知するようにしましょう。
相続放棄を検討する際は慎重に判断しよう
いかがでしたでしょうか。
今回の記事では、相続放棄の概要や手続きの手順、注意点などについて解説しました。
本記事でも述べたとおり、相続放棄は一度選択すると後戻りすることができません。
状況によっては、限定承認を選択した方が適しているといったケースも考えられます。
そのため、「マイナスの財産があるから相続放棄をしよう」と即決してしまうのではなく、相続放棄を行うことによるメリットや注意点を踏まえたうえで、慎重に判断するようにしましょう。